A long time ago ・・・ [ネタ]
「うーん、ずいぶんと昔のはなしじゃからのぉ」
青年を部屋に入れると老人はそう言った。
「覚えておられる範囲で構いませんから・・・」
「北海道が舞台になったゲームじゃったかなぁ」
老人は部屋の真ん中まで来て胡坐をかくと、青年にもこちらへ来るようにと手招きをした。
「ええ、それです」
青年はななめ前に座ると、視線の端で『録音』を選択した。
「資料にするために音声だけ取らせて下さい」
返事をする代わりに老人は軽く頷くと話を続けた。
「・・・当時は特殊なフォーマットを掛ける側と破る側が、熾烈な競争をしておった・・・」
「・・・」
「いかに特殊なフォーマットを作るかが、勝敗の分かれ目じゃった時もあるのう」
「特殊なフォーマットが進化するにしたがって、それを丸ごと真似する『コピーツール』も進化してきたんじゃ」
「いたちごっこですね」
「そうじゃ、凄まじい競争じゃった・・・」
「・・・」
「たしか、コンピュータクラブのメンバー二人が OS とプロテクトを担当したんじゃったなぁ」
少し上を見るような姿勢で、老人は話し始めた。
「当時、発売元の会社は南青山にあってなぁ、OS を担当した T は『週に一度しか帰らせてくれん』と愚痴をこぼしておった・・・。 まあ、そんな事はどうでもいいことじゃがな・・・」
青年は苦笑いをし、それに気付いた老人は話を継いだ。
「『プロテクト』の話じゃったな」
老人は咳払いを一つして話を続けた。
「プロテクト担当の H は可変抵抗を付けて回転速度を変えられるように改造したフロッピーディスクのドライブをクラブの開発室に持ち込んで色々と実験をしておった」
老人の言った『可変抵抗』という耳慣れない言葉に気を取られそうになりながらも、青年は話を聴くことに集中した。
「 H は『回転数プロテクト』というのを考えておってな。 通常の5インチフロッピーだと 256 バイトセクタフォーマットだと 16 個しかセクタが作れんのじゃが・・・」
老人は、話した内容を青年が理解しているかどうか確かめるように言葉を切った。
「・・・どうぞ、続けてください」
青年は次々と出てくる言葉の意味を老人に質問しようと思ったが、話の腰を折りそうな気がしてそう言った。
「回転数を落としてフォーマットすると、20 個ぐらいまで作ることが出来るんじゃ。 1 トラックに作成できるセクタ数が増えるとフロッピー全体の容量が増えるというのがミソじゃな」
「容量が増えるということと、プロテクトとはどう繋がるのですか?」
青年は質問した。
「改造していない市販のドライブだと 1 トラックに 16 セクタしか作れんから、容量の増えた分だけ余分にデータを書き込んでおけば、コピープロテクトになるということじゃ」
「市販のドライブで記録できる容量よりも多くのデータを入れておくということですか?」
「そうじゃ・・・なかなか飲み込みが速いのう」
思いがけなく褒められた事で青年は照れくさくなった。
「それじゃあ、その・・・えーと『回転数プロテクト』は大成功だった訳ですね?」
「いや、駄目じゃった」
「?」
「段々と高度になっていくプロテクトに対応するには、自動でコピーするタイプの『コピーツール』だと限界があってな・・・」
「製品ごとに『ファイラー』というクラック用のデータが販売されておったんじゃ」
「それじゃあ、その『ファイラー』で『回転数プロテクト』は破られてしまったのですね?」
「いや、『回転数プロテクト』以外にも特殊なフォーマットをするプロテクトを掛けてあったんじゃが、『ファイラー』はその特殊なフォーマット用じゃった」
「?」
青年はなんだか訳が分からなくなったが、老人の話の続きを期待して待った。
「『回転数プロテクト』用には、別のものが用意してあったんじゃ」
「!」
青年は身を乗り出した。
「取扱説明書とドーナツ状の厚紙が二枚『ファイラー』に同梱されておった」
「厚紙ですか・・・」
拍子抜けして、青年は元の位置へ座りなおした。
「そうじゃ」
「その厚紙でフロッピーの磁性体円盤のセンターホールを挟むようにして、ドライブにセットするんじゃ」
「それには、どのような効果があるのでしょうか?」
「ドライブの蓋を完全に閉めないようにするのがコツだそうじゃ」
「?」
「説明書にそう書いてあっただけで儂もよく知らんのじゃが、そうするとな、磁性体円盤がスリップして本来のスピンドルの回転よりも遅くなるそうじゃ」
「!・・・アナログ的な方法ですね」
「・・・そうじゃな・・・」
「回転速度を落とすというアナログ的な手法が、もっと原始的な『厚紙』に負けたんじゃ・・・」
老人に礼を言って外に出た青年は、乗って来た新型の電動バイクと左目に付けている HMD が自動的にリンクしたことを確かめると、運転モードを『エンジンモード』にセットした。
「昨日ダウンロードしたエンジンモードエミュレータは出来がいいな・・・」
アクセルを吹かすと、エキゾーストノートが青年の頭の中で響いた。
「・・・振動まで完璧だ」
そう言うと、バイクに跨りクラッチを『マニュアル』にセットしてギアを入れた。
「ヒュイーン」
小さな音を立てて専用レーンを走り出すと、次に尋ねる場所の地図が左目の視界に浮かび上がった。
「今日は、あと三人か・・・」
青年はそう考えながら、卒論のテーマに「磁性体メディアのコピープロテクト史」を選んだことを少し後悔し始めていた。
青年を部屋に入れると老人はそう言った。
「覚えておられる範囲で構いませんから・・・」
「北海道が舞台になったゲームじゃったかなぁ」
老人は部屋の真ん中まで来て胡坐をかくと、青年にもこちらへ来るようにと手招きをした。
「ええ、それです」
青年はななめ前に座ると、視線の端で『録音』を選択した。
「資料にするために音声だけ取らせて下さい」
返事をする代わりに老人は軽く頷くと話を続けた。
「・・・当時は特殊なフォーマットを掛ける側と破る側が、熾烈な競争をしておった・・・」
「・・・」
「いかに特殊なフォーマットを作るかが、勝敗の分かれ目じゃった時もあるのう」
「特殊なフォーマットが進化するにしたがって、それを丸ごと真似する『コピーツール』も進化してきたんじゃ」
「いたちごっこですね」
「そうじゃ、凄まじい競争じゃった・・・」
「・・・」
「たしか、コンピュータクラブのメンバー二人が OS とプロテクトを担当したんじゃったなぁ」
少し上を見るような姿勢で、老人は話し始めた。
「当時、発売元の会社は南青山にあってなぁ、OS を担当した T は『週に一度しか帰らせてくれん』と愚痴をこぼしておった・・・。 まあ、そんな事はどうでもいいことじゃがな・・・」
青年は苦笑いをし、それに気付いた老人は話を継いだ。
「『プロテクト』の話じゃったな」
老人は咳払いを一つして話を続けた。
「プロテクト担当の H は可変抵抗を付けて回転速度を変えられるように改造したフロッピーディスクのドライブをクラブの開発室に持ち込んで色々と実験をしておった」
老人の言った『可変抵抗』という耳慣れない言葉に気を取られそうになりながらも、青年は話を聴くことに集中した。
「 H は『回転数プロテクト』というのを考えておってな。 通常の5インチフロッピーだと 256 バイトセクタフォーマットだと 16 個しかセクタが作れんのじゃが・・・」
老人は、話した内容を青年が理解しているかどうか確かめるように言葉を切った。
「・・・どうぞ、続けてください」
青年は次々と出てくる言葉の意味を老人に質問しようと思ったが、話の腰を折りそうな気がしてそう言った。
「回転数を落としてフォーマットすると、20 個ぐらいまで作ることが出来るんじゃ。 1 トラックに作成できるセクタ数が増えるとフロッピー全体の容量が増えるというのがミソじゃな」
「容量が増えるということと、プロテクトとはどう繋がるのですか?」
青年は質問した。
「改造していない市販のドライブだと 1 トラックに 16 セクタしか作れんから、容量の増えた分だけ余分にデータを書き込んでおけば、コピープロテクトになるということじゃ」
「市販のドライブで記録できる容量よりも多くのデータを入れておくということですか?」
「そうじゃ・・・なかなか飲み込みが速いのう」
思いがけなく褒められた事で青年は照れくさくなった。
「それじゃあ、その・・・えーと『回転数プロテクト』は大成功だった訳ですね?」
「いや、駄目じゃった」
「?」
「段々と高度になっていくプロテクトに対応するには、自動でコピーするタイプの『コピーツール』だと限界があってな・・・」
「製品ごとに『ファイラー』というクラック用のデータが販売されておったんじゃ」
「それじゃあ、その『ファイラー』で『回転数プロテクト』は破られてしまったのですね?」
「いや、『回転数プロテクト』以外にも特殊なフォーマットをするプロテクトを掛けてあったんじゃが、『ファイラー』はその特殊なフォーマット用じゃった」
「?」
青年はなんだか訳が分からなくなったが、老人の話の続きを期待して待った。
「『回転数プロテクト』用には、別のものが用意してあったんじゃ」
「!」
青年は身を乗り出した。
「取扱説明書とドーナツ状の厚紙が二枚『ファイラー』に同梱されておった」
「厚紙ですか・・・」
拍子抜けして、青年は元の位置へ座りなおした。
「そうじゃ」
「その厚紙でフロッピーの磁性体円盤のセンターホールを挟むようにして、ドライブにセットするんじゃ」
「それには、どのような効果があるのでしょうか?」
「ドライブの蓋を完全に閉めないようにするのがコツだそうじゃ」
「?」
「説明書にそう書いてあっただけで儂もよく知らんのじゃが、そうするとな、磁性体円盤がスリップして本来のスピンドルの回転よりも遅くなるそうじゃ」
「!・・・アナログ的な方法ですね」
「・・・そうじゃな・・・」
「回転速度を落とすというアナログ的な手法が、もっと原始的な『厚紙』に負けたんじゃ・・・」
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老人に礼を言って外に出た青年は、乗って来た新型の電動バイクと左目に付けている HMD が自動的にリンクしたことを確かめると、運転モードを『エンジンモード』にセットした。
「昨日ダウンロードしたエンジンモードエミュレータは出来がいいな・・・」
アクセルを吹かすと、エキゾーストノートが青年の頭の中で響いた。
「・・・振動まで完璧だ」
そう言うと、バイクに跨りクラッチを『マニュアル』にセットしてギアを入れた。
「ヒュイーン」
小さな音を立てて専用レーンを走り出すと、次に尋ねる場所の地図が左目の視界に浮かび上がった。
「今日は、あと三人か・・・」
青年はそう考えながら、卒論のテーマに「磁性体メディアのコピープロテクト史」を選んだことを少し後悔し始めていた。
今の時代でもマジコンのコピープロテクトの問題が巷をにぎわせてますが、昔からのイタチごっこは変わってませんね。
もしかしたら今の時代でもその打開策はアナログ的な仕掛けなのかもしれませんね。(笑)
あんまり関係ないですけど、なぜか、CD-ROMの内側に頻繁にアクセスするデータを入れておく技法を思い出しました。(笑)
by M_t (2009-08-07 17:46)
カオスエンジェルズの暗号表やサイ・オ・ブレードのメロディモジュール、ディスケットの色等々、別媒体に頼ったプロテクトというのは当時よく見かけましたね。
ログインの「オールザットウルトラ科学」で、メディアが原始的なほど複製は難しいなんて話をしてたのを見て、なるほどと思ったのを覚えてます。なんだかんだで一番手に入れづらい資料は書籍なんですよね。
by 本名荒井 (2009-08-07 23:16)
M_tさん、コメント & nice! ありがとうございます。
>もしかしたら今の時代でもその打開策はアナログ的な仕掛けなのかもしれませんね。
PC-8801 の「コロコロフォーマット」のような、読む度にデータが変わるようなモノだったりして・・・。
ファミコンカセットの接触不良時のようにキャラが化けたり、バグって止まったり・・・(笑)
そのうち DSi とかにも Windows のようなアクティベーションが導入されるかもしれませんね。
by Thunderbolt (2009-08-08 01:37)
本名荒井さん、コメントありがとうございます。
>カオスエンジェルズの暗号表やサイ・オ・ブレードのメロディモジュール、ディスケットの色等々、別媒体に頼ったプロテクトというのは当時よく見かけました。
いわゆる「付属品プロテクト」ですね。
6面がそれぞれ違う色で塗られたキューブとかもありました。
「取説の○ページの○行目○番目の文字は?」なんてマニュアルを暗号表のように使うものも存在しました。
>なんだかんだで一番手に入れづらい資料は書籍なんですよね。
ネットが普及した現在では、文字情報はあっという間に拡散してしまいそうですが・・・
デジタルデータは拡散しても薄まらないのが利点でもあり欠点でもあるということでしょうか。
by Thunderbolt (2009-08-08 03:16)
単騎さん、nice! ありがとうございます。
by Thunderbolt (2009-08-08 13:36)
回転数プロテクト対策の厚紙ですか。懐かしすぎます。声を出して笑ってしまいました。
ファイラーって、どんな魔法使いですか。(笑)
まぁ、過去に発売されたファイラー全てを持っていますし、魔法使いV3とV5を新品を買ったのは認めますけどね。(苦笑)
サイオブレードの音楽モジュールがあっさり出てくる荒井さんは凄い。そんなのがありましたね。懐かしいです。言われて思い出しました。
ダンジョンマスター(古い古いあっちでなくて、続編が「カオスの逆襲」だった方です)で、説明書の記号を入力しろと言うプロテクトがありました。黒い紙に濃い色で記号が印刷されているのでコピーも出来ません。
ということで、先輩某氏は当時の一太郎 (V4) で、全ての記号を外字としてせっせと作り、完成させました。凄い情熱です。
最初のタイトルで、ソーサリアンかと思ったのは秘密です。
by 南風 (2009-08-10 21:41)
南風さん、コメントありがとうございます。
>黒い紙に濃い色で記号が印刷されているのでコピーも出来ません。
過去の記事で紹介した「G-EDIT88」の取説も赤い紙に黒い文字で印刷されていました。
当時は小規模なソフトハウスが多かったので、プロテクトを掛ける方も破る方も必死でしたね。
製品の売れ行き→死活問題でしたから・・・
「子供作成機」「鼠達と☆」「医者複製」「亡霊98」「某有名物理学者」「達人88」...( = =) 遠い目
なぜ当時は、プロテクトルーチンを騙せるほどそっくりにコピーすることや、解析してプロテクトルーチンを回避することに情熱的だったんでしょうね。
「売られた喧嘩は・・・」って感じでしょうか(笑)
by Thunderbolt (2009-08-11 23:48)
個人的にコピー・バックアップ方面の知識に疎いため、このようなプロテクト技術がかつて存在したとは知りませんでした。
「厚紙二枚」という対処方法も驚きです。
「付属品プロテクト」に関しては、メタルギア2のタップコード、ルーンワースの神話クイズを真っ先に思い出してしまいます。
PSP Goのように、今後ビデオゲームはDL供給へとシフトしていくことが予想されますが、古き良き「付属品プロテクト」が失われてしまうのは残念で仕方ありません(笑)
by loderun (2009-08-12 20:12)
loderunさん、コメント & nice! ありがとうございます。
実際に開発中の様子を横で見ていた側としても、「厚紙二枚」という全く予想もしなかった「プロテクト破り」には驚愕の一言でした。
当時ゲームを買う楽しみのひとつに「付属品」がありました。
お菓子のオマケのように、メディアと取説以外の「+α」を期待していましたね。 ディスクと説明書だけだとつまらなく感じたものです・・・
DL 供給へとシフトして行くのは時代の流れとしては当然のことなのでしょうが、形のある「モノ」が手元にないと所有欲が満たされないような気がしますね。
レスが遅くなって申し訳ありません^^;
by Thunderbolt (2009-08-14 23:34)